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名古屋地方裁判所 昭和50年(行ク)6号 決定

申立人

愛知県地方労働委員会

右代表者

中濱虎一

右指定代理人

水谷省三

外五名

被申立人

株式会社城北工機製作所

右代表者

前口庄衛

主文

一、被申立人は、被申立人と申立人間の当庁昭和五〇年(行ウ)第八号不当労働行為救済命令一部取消請求事件の判決確定に至るまで、申立外全愛知金属産業労働組合と被申立人間の愛労委昭和四八年(不)第九号不当労働行為救済申立事件において申立人が昭和五〇年三月一三日なした命令の主文第一項に別紙禁止事項記載の行為をしてはならないとの限度において従わなければならない。

二、申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一申立人は、被申立人と申立人間の当庁昭和五〇年(行ウ)第八号不当労働行為命令一部取消請求事件(以下「本件取消請求事件」という。)の判決確定に至るまで、申立外全愛知金属産業労働組合(以下「組合」という。)と被申立人間の愛労委昭和四八年(不)第九号不当労働行為救済命令申立事件において、申立人が昭和五〇年三月一三日なした命令(以下「本件救済命令」という。)の主文第一項及び第二項に従わなければならない旨の決定を求め、その理由として次のとおり主張する。

(一)  申立外組合は、被申立人が申立外城北工機労働組合(以下「城北労組」という。)の結成を画策して、組合の下部組織たる全愛知金属産業労働組合城北工機支部(以下「支部」という。)の分裂を工作し、更に、城北労組結成後、支部の組合員を城北労組の組合員と差別した行為は、労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為であるとして、昭和四八年六月二二日、申立人に対して不当労働行為救済の申立をなし(愛労委昭和四八年(不)第九号不当労働行為救済申立事件)、申立人は、右事件につき昭和五〇年三月一三日、

「1、被申立人は、城北労組の育成を画策し、支部の組合員に対し、企業内労働組合への改組を工作し、脱退を勧奨し、城北労組の組合員と不当に差別するなどして、組合の運営に支配介入してはならない。(以下必要に応じ「本件不作為命令」という。)

2、被申立人は、「被申立人は支部の運営に支配介入したことを陳謝し、今後かかることのないよう誓約いたします」旨を記載した被申立人会社代表取締役名義の誓約文を本件救済命令書交付の日から七日以内に会社構内の見やすい場所に掲示しなければならない。(以下必要に応じ「本件掲示命令」という。)

3、組合のその余の請求は棄却する。」旨の本件救済命令をなし、同命令書写は同年三月一四日被申立人に交付された。

被申立人は、同年三月二九日、名古屋地方裁判所に本件救済命令の主文第一項及び第二項の取消を求める訴を提起し、これは現に同裁判所に係属中である。

(二)  ところで、本件取消請求事件の判決確定に至るまで本件救済命令の内容が実現されないならば、右救済を受けた組合の正当な組合活動に重大な支障を及ぼすことになり、ひいてはその壊滅をきたすことになるなどの回復し難い損害を及ぼすことにもなり、これでは憲法第二八条の保障する団結権その他の団体行動権を侵害から保護しようとする不当労働行為制度の趣旨が没却されることになる。

(三)  そこで、申立人の公益委員会議は、昭和五〇年四月一四日労働委員会規則第四七条に基づき、本件取消請求事件に関し、本件救済命令についての労働組合法第二七条第八項による緊急命令の申立を行なうことを決定した。

(四)  よつて、前記のとおりの決定を求める。

二(一)  疎明によれば申請の理由(一)記載の事実、及び、申立人は本件救済命令において、被申立人は支部が被申立人の従業員によつて結成された旨の通告を受けた昭和四八年二月二六日過頃から同年五月一六日頃までの間、次のような一連の組合の運営に支配介入する不当労働行為をなしてきた旨を認定していることが一応認められる。即ち、

1  被申立人は、支部の結成通告を受けた直後頃から、代表取締役らの役員を通じて支部の支部長に対し、企業内組合でなければ団体交渉に応じられない、企業内組合に改組すれば大幅賃上げ等の労働条件改善に応じる意向がある旨言明した。

2  被申立人の右意向を受け、さらに被申立人会社役員と意を通じつつ、支部の支部長は支部の組合員に対し支部の企業内組合への改組を勧奨し、また、支部を脱退して別組合を結成する意向を示してこれへの協力を依頼した。被申立人会社役員も支部の組合員に対し支部長の右行為に協力すべきことを依頼した。

3  かくして結成されることとなつた被申立人の従業員による企業内組合としての城北労組の結成準備大会が昭和四八年三月二六日開かれた際、被申立人は、役員を通じて従業員に対し右大会への出席を指示し、職制たる従業員を積極的に関与させて支部の組合員から脱退者を募らせ、また、多数従業員を勤務時間中にもかかわらず右大会に出席させた。支部の支部長も被申立人会社役員と意を通じて組合員の動揺をはかるべく集合した組合員に対し支部を脱退し別組合を結成する旨表明した。

4  被申立人会社役員は、城北労組に加入させる従業員の人選、その規約作成に直接参画してこれを援助するとともに、城北労組の組合員に対し勤務時間内に組合員勧誘活動をなすことを命じまた許可を与えた。被申立人会社の職制たる従業員も、被申立人の意向を受けて従業員に対し支部に加入していると社会生活上においても会社の待遇においても不利益を被ることになる旨の発言をなした。

5  被申立人は、城北労組との団体交渉においては交渉内容確認書の調印をなしたにかかわらず、これと平行して進められていた支部との団体交渉においては、両組合を差別する意図から、同支部との交渉内容確認書の調印を拒絶した。

6  被申立人は、昭和四八年四月二〇日城北労組との間に労働協約が締結されたことに伴ない、翌二一日支部の組合員の動揺をはかるべく、「城北労組との間に労働協約が締結された、城北労組の組合員には労働協約を、その他の者には就業規則が適用される」旨の声明文を掲示し支部の組合員には賃金その他で不利益な取扱いがなされるであろうことを従業員に推測させるとともに、支部からの要求にもかかわらず右協約内容を同年五月三〇日に至るまで発表しないでいた。そして、被申立人は同年五月三一日の給料支払日に、支部の組合員に対して城北労組の組合員より一万円以上低額の給料を支給した。

7  被申立人会社役員は、同年四月二〇日、同年五月一六日にも、支部の支部長に対し、支部の企業内組合への改組ないし支部からの脱退を勧奨した。

(二)  前項記載の事実により、当裁判所は被申立人が右一連の不当労働行為を行なつてきたものと一応認める。

(三)  右不当労働行為が、被申立人による組合及び支部に対する嫌悪を基底として、支部と被申立人により育成を受けた城北労組の併存という労使関係の下で、各種の態様をもつてなされてきた一連の行為であるとの性質、態様、労使関係の諸状況に、疎甲第三号証(組合本部書記長の陳述書)によつて一応認められる現在においても被申立人と組合の間には各種の問題をめぐつてなお緊張した関係が継続していること、被申立人が本件救済命令を不服としてその取消を求め本件取消訴訟事件を提起している事実を総合すれば、被申立人が将来においても同種ないし類似の不当労働行為を反覆するであろうことが十分予測される。してみれば、これをこのまま放置しておくことは、労働者の団結権その他の団体行動権を保護するうえで回復し難い障害をきたすことになるであろうことはいうまでもないことである。

(四)  しかして、申請の理由(三)記載の事実についても疎明により一応認められる。

三本件不作為命令について

(一)  労働組合法第二七条によつて労働委員会の救済命令を通じてする不当労働行為救済制度の特色は、その認定にかかる不当労働行為が存しなかつたならば実現されていたであろう労使関係を回復し、この意味において、正常な労使関係が将来にわたつて進展していく基盤を形成することを基本的目的としつつ、それぞれの不当労働行為の態様、性質、労使関係の諸状況等に応じて、労働者の団結権その他の団体行動権が具体的に被つている侵害の結果を効果的かつ迅速に回復するための合理的救済方法を付与し得る広範な裁量権を労働委員会に認めている点にある。したがつて、労働委員会は、その認定した不当労働行為が単なる過去の一回的な性質を有するものではなく、これと同種または類似した行為が将来にわたつても同様に反覆される虞れが多分に存在すると認められる場合には、右目的からして当然に、当該予想される将来の行為をも不当労働行為に該当するとの明示もしくは黙示の判断のうえに立つて、これをあらかじめ包括的に禁止する不作為命令を発することも許されると解すべきである。使用者が将来の行為を禁止されたからといつて、それが右の範囲内にとどまる限りにおいては、弁明の機会を不当ないし違法に奪われたものということはできない。

ところで、救済命令の違反については一定の制裁が科されることになつているのであるから(労働組合法第二八条、第三二条)、救済命令は、作為命令たると不作為命令たるとを問わず、当該命令自体が著しく抽象的であるためこれを受けた使用者においてその履行をするのにいかなる行為をなすべきか、また、いかなる行為を避止すべきかを具体的に判断し得ないものであるならば、このような救済命令は、少なくとも労働組合法第二八条及び第三二条との関係においては効力を有し得ないものというべきである。しかしながら、救済命令の内容が右の意味において抽象的か否かは、単に救済命令の主文の記載のみによつて判断すべきものではなく、理由中の記載をもあわせて合理的に判断すべきものである。

(二)  これを本件不作為命令についてみるならば、申立人は本件不作為命令において、その認定にかかる被申立人の過去の不当労働行為と同種又は類似の行為として、別紙禁止事項記載の被申立人の将来予想される行為を、「申立外城北工機労働組合の育成を画策し、申立人(本件申立外)全愛知金属産業労働組合の城北工機支部の組合員に対し、企業内組合への改組を工作し、脱退を勧奨し、申立外城北工機労働組合の組合と不当に差別するなどして、申立人(本件申立外)全愛知金属産業労働組合の運営に支配介入」することに該る旨の判断に立つてあらかじめ禁止した趣旨であることが明らかである。

それ故、被申立人において本件不作為命令違反の責を避けるために、何がその違反になるかを予じめ弁別してこれを避止し、あるいは、これを避止するに必要な措置を講ずるに難くないといえる。したがつて、本件不作為命令が、被申立人において禁止の対象とされている行為を知り得ないままに制裁を受ける危険性の存するというような実質的に重要な瑕疵を帯びているとは考えられず、本件不作為命令がいわゆる抽象的不作為命令として制裁規定の適用に親しまないものと解することはできない。

(三)  それ故、本件不作為命令が別紙禁止事項記載の行為をあらかじめ禁止したものと解される限度においてはその違反について労働組合法所定の制裁を発動することが許されるものであつて、前認定のとおり右命令によつて実現せんとした措置を直ちに実現させることを必要とする事情が存在していると一応認められる本件の場合においては、右の限度において本件不作為命令について緊急命令を発するのが相当である。なお、本件不作為命令が、右限度を超えて、なお別種の被申立人の将来における行為をも制裁をもつて禁止する意味を有しているとするならば、その部分は制度本来の趣旨からみて効力を生じないものというべきである。

四本件掲示命令について

本件不作為命令について緊急命令が発せられるならば、申立人が主張する本件緊急命令申立により防止せんとする組合の団結権その他の団体行動権に対する回復し難い障害の発生の除去は一応その目的を達成することができるものといえる。それ故、本件不作為命令についての緊急命令に併せて本件掲示命令についてもこれを発することが必要であるというためには、被申立人において、本件不作為命令についての緊急命令を無視し、そこで禁ぜられた各種具体的不当労働行為を将来も反覆するであろう具体的危険性が存在し、それを防止するために被申立人に当該掲示行為を履行させることが緊急に必要であるとすべき特段の事情が疎明されることを要すると解すべきである。けだし、かかる緊急命令は、救済命令によつて命ぜられた掲示行為の履行及びそれによつて使用者に課さんとした多分に精神的ないし心理的負担を、当該救済命令確定以前の段階で、事実上将来においては回復不能の形態で完結的に満足させてしまうことに帰するのみならず、かかる作為義務自体が、使用者に対し一般的に義務付けられている事項ではなく、また、不当労働行為が禁止されていることの反射的効果として履行せざるを得ない事項でもなく、当該救済命令によつていわば創設的に当該使用者に課される作為義務であるからである。

しかして、本件の場合においては、右のような特段の事情についての疎明はなく、かえつて、〈証拠〉によれば、組合及び支部は被申立人との関係においてなお相当の力量を有しているばかりか、各種友誼団体等からの精神的支援をも受けていることが窺われるのであつて、本件不作為命令についての前記限度における緊急命令に併せて本件掲示命令についても緊急命令を発さなければその団体行動権の保障にとつて回復し難い損害を及ぼすことになるであろうとの緊急の必要性を認めることはできない。

したがつて、本件掲示命令については緊急命令を発しないこととするのが相当である。

五よつて、本件不作為命令について主文第一項の限度において緊急命令を発することにし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(小沢博 八田秀夫 前坂光雄)

禁止事項

被申立人は、役員を通じ、あるいは、職制たる従業員をしてその地位を利用し左の各項の行為をなしたり、これをなすのを奨励し、又は、これをなすのを黙認してはならない。

一(一) 従業員に対し、申立外城北工機労働組合に加入し又はその活動に参加することを命じあるいは奨励すること。

(二) 申立外城北工機労働組合又はその活動に従事する組合員もしくは右組合のために活動する従業員に対し、右組合の組合活動を容易ならしめるべく、申立外全愛知金属産業労働組合及びその城北工機支部又はその活動に従事する組合員との間に差等を設けて、会社、従業員、他方組合等に関する情報を提供し、団体交渉等に関し異別の有利な取扱いを認め、組合加入勧誘活動その他の職場における組合活動に関して異別の有利な活動条件を保障することを含め、諸種の便宜を与えること。

二(一) 申立外全愛知金属産業労働組合、その城北工機支部又はその組合員に対し、右組合の城北工機支部を企業内組合に改組することを被申立人が右組合からの各種の要求に応諾するための条件としている旨の意義を有する発言その他の言動をなすこと。

(二) 申立外全愛知金属産業労働組合の城北工機支部の組合員に対し、右支部からの脱退又は右支部の企業内組合への改組を勧奨すること。

(三) 申立外全愛知金属産業労働組合の城北工機支部からの脱退者を募り、又は、右支部の企業内組合への改組に尽力すべきことを勧奨すること。

三(一) 労働条件、雇傭契約上の地位その他の待遇において、申立外全愛知金属産業労働組合の城北工機支部の組合員たる従業員に対し、申立外城北工機労働組合の組合員たる従業員に対するのとは異別の不利益な取扱基準を一律に課すること。

(二) 従業員に対し、被申立人が右(一)記載の取扱基準を実施していること、又は、実施しようとする意図を有している旨の意義を有する告示、発言その他の言動をなすこと。

(三) 従業員に対し、申立外全愛知金属産業労働組合の城北工機支部の組合員としてとどまり、あるいは、右支部に加入するならば、労働条件、雇傭契約上の地位その他の待遇において申立外城北工機労働組合の組合員たる従業員と比較して不利益に取扱われ、あるいは、本人及び家族員らが就職その他の社会生活において重大な不利益を被ることになる旨の意義を有する発言その他の言動をなすこと。

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